White
White CEC LOGO HOME 製品 テクノロジー サービス 会社概要 コラム メール English White
White

ホーム/コラム/みだれ観照記/藤田嗣治「異邦人」の生涯

第13回 2003/06/02
藤田嗣治「異邦人」の生涯
13

書名:藤田嗣治「異邦人」の生涯
著者:近藤史人
出版社:講談社
出版年月日:初版2002年11月13日
ISBN:4−06−210143−2
価格:2,000円

文筆家にとって、歴史の中に埋もれてしまっている時代の傑物に光を当て、現代の時間帯に再び呼び戻すことは、ある意味ではタイムマシーンを操作しているような、得がたい爽快感あふれる痛快事であるに違いない。たとえば、司馬遼太郎は、幕末、維新から明治初期の混迷記の中から、坂本竜馬(『竜馬がゆく』)を、そして大村益次郎(『花神』)を「発見」し、一躍明治維新という激動の時代の英雄に仕立て上げた。また、山本周五郎は、歴史上の妖怪とされた、伊達騒動の立役者、原田甲斐(「樅の木は残った」)を、苦難に満ちた環境の中での、不屈の人間性をもった類まれなる個性として回復させたのであった。

さて、NHKに勤務する著者、近藤史人氏が、第1次世界大戦終了後から、第2次世界大戦を経て戦後に至る、混迷する近代史の中から、見事に再生して見せた「フランス人」となった日本画家が、藤田嗣治である。恐らく、版画家、棟方志功をも凌駕するであろう国際的な知名度を誇るこの優秀な画家を、今に至るまで日本の美術界は、意図的に無視し続けている。中学校、高校の美術の教科書の中で、近代画家として挙げられるのは、まず「日本近代洋画の巨匠」としての黒田清輝であり、それに連なる系列画家の面々である。そこに、藤田嗣治を見出すことはない。

かのモディリアニを友とし、ピカソにその作品を釘付けにした藤田嗣治。彼の絵に臨む姿勢は、確たるものがある。「今までの日本人画家は、パリに勉強しにきただけだ。俺は、パリで一流と認められるような仕事をしたい」である。そして、模倣を排した、独自性の創造に取り組むのである。「私は彼地の作家の絵を一通り眺めてみた。で、その時分は絵の具をコテコテ盛り上げるセゴンザックという大家の流儀も流行っていた。それじゃ俺はつるつるの絵を描いてみよう。また外のものがバン・ドンゲンというような絵を大刷毛で描くならば、俺は小さな面相、真書のような筆で画いてみよう。また複雑な綺麗な色をマチスのように附けて画とするなら、自分だけは白黒だけで油画でも作り上げてみせようという風に、すべての画家のなす仕事の反対反対とねらって着手実行したのである。」

そして、パリで名声が確立する以前に、こう語れる藤田が既にいた。「ある日パリの近郊で一枚の風景画を描いた。−(中略)僕は夢中で画布と根限りの組打ちをした。そして完成したその場面にみとれた。そこには世界中に存するどの絵とも一点の類似も見出す事は出来なかった。それこそ完全な自分の絵が露出していた。」

こうして、「哲学的な深刻さ、冷やかし好きのボヘミアンのユーモア、無限に繊細な感覚、印象、夢、感動まで、フジタの芸術にはすべてが含まれている。狼狽し、不安になるほどの豊かさと複合性を持った芸術である」と評価された彼の作品の数々は、フランスにおいてはジジオン・ドヌール勲章(ナポレオンが制定した、フランスで最も権威ある勲章)を、ベルギーからはレオポルド1世勲章を受章する。今に至るまで、欧州において日本人画家として比類ない地位を占めたこの天才に、日本の風はあまりにも冷たかった。「人を引きつける妙味はあるが、あまりのお細工はあきたらぬ」、「日本画の技法をただもちいているだけである」。

この著作と前後して、同一出版社から出された『藤田嗣治画集』(ISBN:4−06−210972−7)を見るとき、作品のどこにも「日本画の技法をただもちいている」箇所も、そのような作品も見当たらない。欧州でのあまりにも高い評価に対する、むきだしの嫉妬心を美術評論のスタイルで発露しているとしか思いようがない。こうして、氏の作品のほとんどは日本に残されることはなく、また日本に残された作品もそのほとんどが、フジタとその作品の芸術性を認め、尊敬さえしていた秋田県の素封家、平野政吉の個人美術館、平野政吉美術館に収められている。(その中心的作品は、1937年、一時帰国した藤田が彼の地でわずか174時間で、縦3.65m、横20.5mに及ぶ壁画を完成させた、超大作『秋田の行事』)

日本美術界の無能さか、もしくは海外での名声に対する島国根性の嫉妬心かかのいずれかで失ってしまった日本の至宝は、フランスに去り、キリスト教の懐に抱かれ1968年チューリッヒにて逝去する。NHK ならではの事実関係に対する徹底した取材、芸術作品に対する高い教養が感じ取れる、高潔な名著である。以下は、インターネットで見ることのできる藤田嗣治の作品の一部である。

http://www.enchanteart.com/week/we33c.htm
http://www.ishiroweb.com/gallery/kyosho/foujita.htm
http://www.sankaibi.com/sakka/sakuhin/fujita/kakudai/fujitas020603kakudaip.htm