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ホーム/コラム/みだれ観照記/カラスはなぜ東京が好きなのか

第53回 2006/11/24
カラスはなぜ東京が好きなのか

書名:カラスはなぜ東京が好きなのか
著者:松田道生
発行所:平凡社
出版年月日:2006年10月18日(初版)
ISBN:4−582−52731−0
価格:1800円(税別) http://www.heibonsha.co.jp/catalogue/exec/browse.cgi?code=527031

今回は、このホームページの「徒然野鳥記」第19回(2003年6月)で「ミヤコドリ」を述べた際に、貴重な参考文献として取り上げました「大江戸花鳥風月名所めぐり」(平凡社、平凡新書、780円)の著者、松田道生さんのおそらく最新の著作です。

この「観照記」では、別に「徒然野鳥記」があることから、個別の野鳥をテーマとした解説的な著作を取り上げたことはありませんが、今回は例外です。この「カラスはなぜ東京が好きなのか」は、野鳥の中の、それも最も日常的に私たちと接触のある「ハシブトガラス」を取り上げてはいますが、そのカラスの生態の解説にとどまることのない、ヒトと自然との関わりの上で非常に示唆に富んだ奥行きゆえに、あえてできるだけ多くの皆さんに紹介したい一作として取り上げました。

著者のハシブトカラス(以下カラスとします)観察調査フィールドは、JR山手線、巣鴨駅から駒込駅までを中心として、かの忠臣蔵にもっぱら悪役として登場する柳沢吉保の江戸下屋敷のあった六義園(りくぎえん)を含む2平方キロメートル弱です。正直、これは広い。私も野鳥を含む自然観察へとよく戸外へ出向きますが、一般のフィールドとは異なり、このフィールドは、六義園内以外はほとんどがコンクリート若しくはアスファルトで舗装された硬い地面かと思われます。その上を定期的に数キロ以上歩くのは間違いなく疲れます。カラス観察への情熱のなせる業でしょうか。

調査期間は、2000年(平成12年)から2004年までの5年間(但し六義園は2005年までの6年間)。調査目的は、カラスの営巣、産卵、育雛、巣立ちの生態観察とその経年変化の把握と概略できるでしょうか。多くの木々の葉が生茂る丁度その頃カラスは営巣し、産卵育雛するわけですから、まず観察しづらいことは間違いありません。恥ずかしながら、私はカラスの育雛期間中の巣を探せたことは一度もありません。もっと注意深く街の高い樹木に眼を向けて見ましょう。

さて日本野鳥の会の代表的な存在でもある著者が、(NHKラジオ番組、「夏休み子供科学電話相談室」のトリ部門の先生として昨年は出演されていました。どこから玉が飛んでくるか判らない戦場には、私にはとても怖くて出向けません。)カラス問題に取り組む背景には、東京都下におけるカラスの増大が、ひとつの社会問題としてクローズアップされ始めてきたことが挙げられます。

東京都の公式ホームページの「自然環境情報」欄には「カラス対策」とするコラムがあり、平成13年(2001年)9月には「カラス対策プロジェクトチーム」が組織され(それ自体はわずか1ヶ月で解散した)、捕獲を含むカラス掃討作戦が発表されています。

http://www2.kankyo.metro.tokyo.jp/sizen/karasu/report.htm

ここでは、都市のカラスの主要な餌となっているヒトの出すごみの適切な処置以上に、巣の除去や捕獲(殺戮処分)に対策のウエートが置かれたように読み取ることのできるプロジェクトが発表されています。ある意味では、この「カラスはなぜ東京が好きなのか」は、バーダー側から提起された、東京都の「カラス対策プロジェクト」への生態分析をもった意見書ともいえます。

著者松田さんは、この本の中で、謙虚にも何事も断定的には語っていません。カラスの24時間、365日を観察することは不可能ですし、固体ごとに生態上の差異があることもあるでしょう。しかし東京都のプロジェクトに対する明らかな疑問も提起しています。古い巣の撤去の無意味さ(カラスは毎年巣を作り直す)等など。

なんとも面白かったのは、カラスを観察対象とした著者自身が、カラスによって観察され、道行く多くの人々の中から著者自体が、動物観察者のいう「固体識別」されたという経験を語っていることです。そのことから(著者を認識したカラスの存在)、冬にもなわばりをもつカラスの存在は間違いないであろうというくだりは、ほほえましい限りです。

カラスがヒトを襲うとセンセーショナルに騒がれるのは、雛の巣立ちの時期であることはよく知られたことですが、氏も指摘しているように、野鳥は自分よりはるかに大きいヒトに、正対して襲うことはしません。それはあくまでも、ヒッチコックの映画、「鳥」の作り上げた幻想シーンにすぎません。この危うい時期のことを、著者は、「鳥の人生の中で」といみじくも語っています。正確には、鳥の一生の中でとすべきところでしょうが、なんともカラスに対する愛情めいた暖かさが感じられる一節でした。

 戦後60年間を経、平和を謳歌するわが日本で、いまやバードウォッチングは完全に市民権を得たようです。30年前、双眼鏡を首にかけ「トリを見に行く」と話すと、なんとも不思議そうな顔をされたものです。いまや野外で双眼鏡と、望遠レンズをつけたカメラを持っていますと、無条件でバーダーだと思っていただけます。困ったことに、私は望遠だけでなくマクロレンズも併せ持ち、野鳥だけでなく、草花、昆虫、両棲爬虫類も対象として、その生態撮影を趣味としていますので(昆虫学者でもある養老猛司先生の、採集した、有体に言うと、死んだ昆虫のスキャナー撮影とはまったく趣が異なります)、鳥が一羽もいなくても満足することが多いのですが、バーダーらしき方から「何がいましたか」と無条件に、野鳥の種類を尋ねられて困ることがあります。また、心無い野鳥撮影者の不謹慎な、時として傍若無人なマナーに失望することもめっきり増えてきました。(バードウォッチングは日本では歴史が浅いのですが、欧州では古くからある、自然鑑賞の一つの自然な行動で、決して高尚な趣味ではないのですが、勘違いされている方もいらっしゃるようです。)

野鳥を観察していますと、その餌である小動物、昆虫そして多くの植物がいやおうなしに目に付きます。野鳥観察から始まった私の個人的な趣味は、それ自体、年とともに深まりますが、またそれ以外の動植物領域への関心が次第に広がっていきます。両棲爬虫類を専門とする友人(彼とて決してそこにとどまりません)が、身近にいることもその傾向に輪をかけています。深化だけでなく拡大する自然観察の契機を、自然の生き物は不断に私たちに示してくれます。多くのバーダー達が、ある野鳥の背後に見え隠れする、興味ある様々な自然に目をつぶっているのはもったいないことです。

カラスというどこにでも目に付く野鳥の、経時的な都市部での生態観察を、まとめた著者は、より珍しい、より多くの種類の野鳥観察だけを目指すバーダーに警告を発します。野鳥の会のリーダー的な存在の著者でさえ、誰でも知っていたはずのカラスについて、この数年間の観察を経て、多くの認識を新たにされれ、また新しい生態上の発見も少なからずここで披露しています。(またこの作品の中で、多くの木の名前が挙げられますが、それだけでかなりカラスのいる環境が眼に浮かんできます。)

バーダーは誰とて、初めて名前が判った時はとても嬉しいものです。でもそこから、その鳥への生態上の興味がわきますし(私などはまずオスかメスか、成鳥か若鳥か、何を食べるのかとなってしまいますが)、そこが出発点です。またそうでなければ自然とのかかわりの中で私たちヒトの存在を考えてみるナチュラリストにもなれない危険性があると語る著者の姿勢にはまったく同感です。

私も属しています日本野鳥の会と、野鳥研究に多大な貢献をされた、高野伸二さんは、確かクモの研究の第一人者でもあったと記憶しています。野鳥を見る姿勢は、自然に関わる姿勢そのものであるかもしれません。

松田さんが気づいた都会のカラスについての発見は何も紹介しません。是非読んでください。この本は、まず多くのバーダーに読んでほしい。次に学校の理科の先生に。そして小さいお子さんを持つお母さん方に。

筆者、松田道生の管理しているホームページです。当ホームページのリンクでも紹介していますが、野鳥への造詣の深さと、その声の録音技術の高さが理解いただけるのではないでしょうか。

http://homepage2.nifty.com/t-michikusa/

http://birdcafe.net/syrinx-index.htm