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第46回 2006/04/01
眼の誕生

書名:眼の誕生 カンブリア紀大進化の謎を解く
著者:アンドリュー・パーカー
訳者:渡辺正隆・今西康子
発行所:草思社
出版年月日:2006年3月3日
ISBN:4−7942−1478−2
価格:2,310円(税込)

出版されたばかりのこの著作に出会えたのはまさに幸運でした(実は私が書籍購入に利用しているインターネットサイトからの推薦だったのですが)。少なくとも地球生命史や古生命学に幾分かでも興味を持っている人にとっては、この著作は将来必読の一書となることでしょう。

多くの人が認めるように、古生物学を広く世に知らしめたのは、スティーヴン・ジョイ・グールドの「驚異の生命」(Wonderful Life: 1989年)でした。この著作によって、私たちは、地球生命史上長期にわたった「先カンブリア紀」から、「生命の爆発的進化」の始まりである「カンブリア紀」に注目することができるようになりました。その後、グールドの「勇み足」に多くの修正が施されるようにはなりましたが、カンブリア紀に生命史上のスポットライトを当てた功績は、彼が死去した今でも称えられすぎることはないでしょう。事実、古生物学上のまとまった著作は、グールドへの肯定的な批判を介在することなしには論旨の展開ができないほどであるといっても言い過ぎではないように思われます。

このグールドの当てたスポットライトの舞台を、地球生命史の中で正確に位置づけなおしたのが、リチャード・フォーティ、「生命40億年全史」(LIFE: An Unauthorised Biography: 1997年)であるように思われます(私は古生物学界のメンバーではありませんので、学界の権威としてフォーティがどのように認められているかは判りませんが)。フォーティは、なによりも「カンブリア紀における生命の爆発的進化」がそれに先行する「先カンブリア紀」の有機的な連鎖のうえにあること、そして「カンブリア紀の化石が重要なのは、動物学的に見て奇妙ないきもののたちの寄せ集めだからではなく、それが誕生後まもない動物界の様子について教えてくれるからである」として、地球上に誕生した有機物分子の重合による鎖状高分子体が、初めて動物として形を現した新たな生命史の一段階としてカンブリア紀を位置付け直します。

フォーティの第二の功績は、このカンブリア紀の生命体の中でも、三葉虫に注目したことでしょう。彼が三葉虫研究の世界的権威であることは、誰でもが認めるところです。アンドリュー・パーカーはこのフォーティの認識体系をドラマチックに推し進めます。 アンドリュー・パーカーのこの「眼の誕生、カンブリア紀大進化の謎を解く」(In the Blink of an Eye- The Cause of the Most Dramatic Event in the History of Life)は2003年に発表されました(日本語訳は2006年3月に出版されました)。 彼の新説、「光スイッチ説」とは、非常に端的に言って、このカンブリア紀の「爆発的進化」は、有機物分子の高度完成体が、「視覚」を獲得したことによってはじめて可能となったことを証明しようとしたものです。

彼の言葉を借りましょう。「『眼』とは、光を利用して物体を識別するための映像を形成する能力を有する器官」であり、その眼から入った光情報を、神経系統を介して脳によって知覚される一連の作用が視覚であると前置きします。つまり視覚とは、単純な光の存在の認識ではなく、光によって描かれる対象を認識できることなのであり、そのような視覚を地球上の生命体が持つにいたった時期が、「カンブリア紀」であり、その先駆者が三葉虫であり、視覚の獲得によって始めて有機生命体は、「食うもの」と「食われるもの」に急速に分化し、かくて、動物としての進化を「爆発的」に開始することができたとするのです。パーカーは、視覚が出現した時期を5億4300万年前と断じ、地質時代を「視覚の出現前と後」に区別することができる(すべき)と語ります。さらに、「光は、あまねくすべての動物に作用する重要な淘汰圧なのであり」、光を視覚として獲得した動物は、そのことによって「まるで異なるルールに支配されている」植物の存在にも重要な進化上の影響を与えたと解説します。

かくて、「最初の開眼がなされた瞬間、地球上のあらゆる多細胞生命に作用する淘汰圧に変化が生じ、その結果はじきに形となって現れた。次なる淘汰圧は、能動的で活発な捕食の登場と、それへの対抗策の進化だった」と述べます。

では、この視覚、眼について、先駆者フォーティはどのように述べていたでしょうか。彼は「三葉虫の眼はこれまでに知られている最古の光学系であるだけでなく、極めてユニークなものである」と述べ、「三葉虫の眼は、時期尚早なぜいたく品どころか、敵意に満ちた世界を生き抜くための必需品だった」と結論付けています。「カンブリア紀」初期の三葉虫に眼があることに着目し、その重要性にも気付きながら、そこから一歩踏み込んで、その眼(視覚)こそが、「生命の歴史における新たな一歩が大きく踏み出され、二度と引き返すことができない一線」(「生命40億年全史」、第4章)を画したものとは看過できなかったようです。

1946年生まれのフォーティ、そしてほぼ20年後の1967年生まれのパーカー。古代生物学界は、急速な理論的な展開を、若返りとともに実現しているようです。光とは何か、色とは何か、視覚の意味するものは何か、その全ての疑問に答えてくれる著作です。結論に導く系統だった論理の展開に、わくわくさせられることはあれ、きっと飽きることはないはずです。